世界史小ネタ帳

本から拾ってきたことをやたらめったらメモします

フランスの元首の就任年齢

9日の日経新聞に、マクロンさんはナポレオン3世の40歳を抜く39歳で就任とあったのが感慨深く、革命後のフランスの元首(の中でも派手な人)の就任年齢まとめてみました。

 

1799年 ナポレオン・30歳(皇帝になるのは35歳)

     ・・・はやいさすがナポレオンはやい

1830年 ルイ=フィリップ・56歳

     ・・・よく似てると言われる芸能人は洋梨

1848年 ナポレオン3世・40歳(皇帝になるのは44歳)

     ・・・いつもニコニコ パリの市民に愛され皇帝 ルイ=ナポレオン です!

1958年 シャルル=ド=ゴール・68歳

     ・・・誕生日が11月22日でおぼえやすい

 

革命~19世紀のフランスをやっていると、そろそろいい加減落ち着いてくれという定職につかない息子を見守る親のような気持ちになりがちですが、こういう流動的なところがフランスのいいところなのかもしれないなあとおもいました(小並感)

唐の皇帝の死因がすごかった

錬金術というものがあります。

その中でも”賢者の石”は重要アイテムの名前等で聞いた人も多いでしょう。

賢者の石の効能は、

 ①さまざまな物質を黄金に変える

 ②あらゆる病気を直す万能薬

などとされていますが、

このうち②万能薬としてのイメージは、中国の影響を受けているそうです。

 

中国にはもともと練丹術というものがありました。

この丹(に)とは不老不死になる薬のことで、

秦の始皇帝などなど歴代の権力者は不老不死に大変こだわっておりました。

その薬を作ろう!という技術が練丹術なのですが、

ところが、問題はその原料です。

(丹は、)変化と回帰の性格を持つ丹砂(硫化水銀HgS’ 焼けば水銀となり放置すると丹砂に戻る)と不変の性格を持つ金を調合することにより得られる

水銀はアナログな体温計などに使われているアレです。

変化の性格を持つ水銀と、不変の性格を持つ金、

気持ちはわからないでもないですが、体に良いはずがありません。

 

そしてこの不老不死の仙丹を追い求めた結果、

唐では第11代憲宗から第16代宣宗まで(第14代文宗は除いて

ほぼ5連続で皇帝の死因が水銀中毒となっています。

1200年くらい前のことなので、まだまだ科学が発達していなかったとはいえ、

これだけ犠牲者が続く前に気づかなかったのだろうかと思わないでもないです。

 

また、仙丹ブームは皇帝のものだけではなかったようで、

李抱真という節度使地方の将軍(つよい))の記録が残っています。

(李抱真は、)晩年になって孫季長という錬丹大師を得て「九鼎神丹(きゅうていしんたん)」という「仙丹」を調合させ、一月に二万丸を飲んで死にかけ、少しおちついたところで、三〇〇〇丸を飲んで哀れ絶命した

水銀のオーバードーズとは中々アグレッシブだなぁと思われます。

 

※引用は宮崎正勝さんの『世界史の誕生イスラーム』(2009、原書房)からさせていただきました。